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同人ゲームやフリーゲームはもちろん、ゲームデザイナーを目指す人、これからゲームを作りたい人、今もゲームを作っているがなかなかうまくいかない人向けの、ゲーム開発に関するブログ。

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アクションゲームやRPG、パズルゲームでもなんでもいいのだが、操作ミスによってゲームオーバーになる、と言うのは解る。が、紙芝居のアドベンチャーゲームでバッドエンディングは必要だろうか? 無くてもいいんじゃないか? なぜゲームでまで不愉快な思いをしなくてはいけないのだろうか?

 例えば、選択肢のミスで仲間が酷い目に合ってしまう、ヒロインが酷い目に合ってしまう。くっ殺せから始まる酷い事をされる展開になることもあるかもしれない。エロ同人みたいに!(まぁ、エロ同人とかエロゲーの話なので見たいというかそのものだが) 結果として訪れるバッドエンド。

 いるのかな? いらなくない? って考えたことは……実はプレイヤー側であったころには無かったはずだ。思い返してみて欲しい。いつからバッドエンドを避けるようになったか。作るのを避けてないだろうか? バッドエンドは悔しかったが、ここを回避しよう、となってそれほど不愉快ではなかったはずだ。でも作り手側に回ると、もしかしてユーザーに不愉快な思いをさせないだろうか、と言うブレーキが働き、このバッドエンドを避けようとしてしまう。


 立場が変わってしまって、プレイヤーの頃の自分を忘れてしまってはいけない。広井王子は、ゲーム作りで大切な事は何かと問われてこう答えた

「いつもお客様だったころの自分っていうのを持っていることですかね」
「何に喜んで、何に感動してたかっていうのが無くなると、そろばんだけになっちゃって訳わかんなくなるんですよね」

 バッドエンドを見たとき、次回はここを避けようとして、選択肢を色々と試したはずだ。それこそ既読スキップを利用して。エロゲーのエロシーンをもスキップして。その時自分が試していたことと言うのは、選択肢を試すゲーム、予想するゲームになっていた。つまり、バッドエンドがあったからそれを回避する手段を探そうとした。……損を回避しようとして面白さを新たに見出していたのだ

 よって、何かしらのバッドエンドは用意するべきである。できれば複数の種類あるといい。バッドエンドを用意することで、本編がより一層面白くなるはずだ。


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ゲームに飽きると言うのは誰にでもある経験だと思う。不思議な話で、ゲームの飽き、と言うのは突然襲ってくる。遊んでいたゲームが、突然つまらなく感じてしまう。そうなると、昨日どころかほんの一時間、30分、1分前の同じ内容でさえ嫌気がさしてしまう。

 ところが、これもまた不思議な話なのだが、同じゲームをやり直して飽きたポイントに差し掛かると、不思議と飽きていない事が多い。同様に、飽きているが我慢してプレイを続け、そのつまらない事をやらなくて済む状況になるとまた面白さが復活してくる。ここに飽きるとは何なのかを解明するポイントがある。

 これはもう、このブログのテーマそのものなのだが、人は損に動かされる。つまり、飽きるのはその作業、そのプレイが時間の損だと認識しているからだ。

 面白さを認識できないとき、と言うのは大まかに分けると以下の2つの状態になっている。一つは損が発生しない。もう一つは損から抜けれる気がしていない。それまで面白いと感じていたゲームが突然面白くなくなる瞬間というのは、後者を実感してしまう時だ。つまらないと感じる瞬間は、行き詰った時だと言ってもいい。

 レベル上げの作業は特にこの飽きる状態を作りやすい。作業状態となると、たいていの場合、弱めの敵を相手に、大量に戦う。つまり、損をあまりしない状態で、延々とプレイを続ける。あと何回戦えばいいのかを逆算した時に、数の多さに嫌気がさし、飽きる。レベル上げ以外に解決の方法が思いつかない。となると、苦痛であるレベルアップ作業、これが損で、損を回避できない状況だから面白さを見いだせなくなっている。

 ソシャゲーではゲームデザインにおいて根本的にこの問題を抱えている。課金を優遇し、無課金では絶対に乗り越えられない壁のようなものが徐々に出来上がっていく。無課金組が課金組に対して絶対に勝てない状況を見出した瞬間、人は大量に離れていく事になる。このゲームを続けることが損だと感じ、それを避けるために他のゲームで回避できる損を探しに行く。

 無課金で課金に勝てないと感じると、ユーザーが離れる。これはサービス終了の兆候となる。何故なら、次に微課金が抜け、さらに次に課金が抜けると言った具合に、課金金額の低いものから順々にやめていくからだ。そしてここからが肝になるのだが、ギルドなどのあるソシャゲーの場合、人を引き付ける面白いギルドマスターなどが必ず存在し、そしてその人物は必ずしも重課金ではない。つまり、人を引き付けていた人物が抜けた場合、課金金額の大小にかかわらず、まとめて辞めてしまう。

 よって、ソシャゲーで長くサービスを継続させるためには、マメなログインで無課金が課金に勝てる、勝てそう、そういう調整を運営側はイベント等で行っていかなければならない。もしくは、DMMのアサギのように開き直って、「重課金でも難しい」という非難轟轟の道を歩むのも有りだろう。

2chを利用しているときに、よく人が叩かれているのを見たことが有ると思う。そしてその時、嫌いな人やどうでもいい人が叩かれているときは何とも思わなかったが、好きな人が叩かれていると腹が立ったと思う。その中で、自分が叩かれた経験というのはどのくらいあるだろうか? 匿名同士であっても反論され、罵倒され、耳を傾けない相手に何度も説明する不毛さ。こいつはいつになったら話を聞くんだろうか。馬鹿なんだろうか。どうしてこんな低俗な人間が存在するんだろうか。そういう不愉快な思いをしたことはあると思う。

 ゲーム制作にせよ、小説にせよ、イラストにせよ、何かしら発表をすると必ずそれに対する反応と言うものが出てくる。blog日記でさえもそうなのだから、より多くの層にアピールする創作活動はなおの事だ。発表した以上、何かしらの反応は期待するし、ついつい探してしまう。そして2chにいきついて、思いのほか罵倒されていてショックを受ける。

 ここまでは誰しもが通る道。大事なのはここからどうするか、だ。

 人から叩かれるのが怖いからといって創作の手を引っ込めてしまうのも一つの手だ。ただし、その場合は二度と創作には手を出せなくなってしまう。逆に叩きに対して腹を立てて、反論を張るのも、選択肢としては有ってもいいと思う。しかし、知っての通り、罵倒してくる相手は罵倒が目的なので、反論を読んではもらえない。一番いいのは、見方を変えてしまう事だ。

 人は損に動かされれる。しつこいようだが、人は損に動かされるのだ。これは、ゲームを遊ぶ相手に限った話ではない。我々、作り手も人だし、叩いてくる相手も人。叩かれることが損だと思い、損だと感じるからそれを避けたいという心理が我々に働いている。だがしかし、何かを見て何かを思う、と言うのは決して制限できるものではないので、叩かれる事そのものは防ぎようがない。

 ではどうするか? 叩かれることが損ではない、という発想の転換を用いるといい。

 叩く人はどこで叩くか。だいたいは2ch。極まれに直接コメントに来る程度。よって、2chさえ見なければ、損した気分だけは回避できる。さらに実際2chで叩かれたことがどれほど影響を受けるかというと、大した影響は無い。例えば製品に大きな問題、ウィルスなどが入っていた場合や完成度が低い場合、2chよりも先に出てくる影響がある。ウィルスであれば委託した先から。完成度であれば次回作の売り上げやその作品の評価として現れる。見るべきはそちらであって2chではない。

 叩く人はどういう人なのかと言うのも重要だ。毎日のように我々のブログをチェックし、ちょっとでもおかしなところがあればURLを2chに張り付けて拡散しようとする。ただし、罵倒が目的であるため、文章を全く読まない。作為的な引用を行うが、URLを張るためにまともに文章を読める冷静な人には、逆に好感を与えることになる。よって、頭の悪い熱狂的なファンだと思っても一切差支えは無い。叩く人のいう事を信じる人は、ほとんどいないのだ。

 そして、叩く人はなぜ叩くのか、と言う話。くどいが、人は損に動かされる。つまり、相手を叩かないと損をする人物、という事だ。面識のある人で、足並みがそろわないから切り捨てた人、いないだろうか? あるいは、創作の無茶なリクエストを断った人居ないだろうか? もしかしたらあなたの才能に嫉妬している人かもしれない。そういった人たちが今後、果たして活動していくにあたって目の前に立ちふさがる大きな壁となるだろうか? 有りえない。手を動かさないから、頭の下げ方を知らないから、自分の努力不足を棚に上げるから、人を叩くことしかできない。もっとはっきり言うと、彼らは無能なのだから、今後力になることもなければ、障害になる事もない。

 一番大事なのは、叩かれるという事は評価がある、話題になっているという事だ。筆者は作ったが一切反応が無く叩かれさえしない作品を作ったことが有る。それも何十作も。今は叩かれているが、それだって、一切反応のない数年を乗り越えたからこそ。自分より有名な芸能人に目を向けてみよう。もっと理不尽な事を叩かれている。駆け出しの無名の相手をわざわざ叩く人はいない。叩かれるという事は、自分がどの程度影響力を持っているか、と言う物差しでもある。

 だから叩かれる事自体は気にしなくてもいい。もしもあまりにも酷い脅迫が届くようであれば警察に相談をしてしまえばいいのだから。我々の温情で、叩かせてあげていると。せいぜい宣伝頑張ってくれ。話題になるのはステータスだと考えておけば何の問題もない。

こういうものを作りたい、そのためにこういう機能が必要で、これは今から取り組む。で、シナリオも大雑把にできたので後は穴を埋めていって、いろんな素材を導入していくだけ。ただただ作業が目の前にあるだけのはずで、これらをやっつけていけば完成するのは理解している。理解しているのだけれども、どこから手を付けたらいいのかが解らず停滞する。これも多分、ゲーム作者あるあるではないかと思う。特に個人でやる人ほどこの罠にハマる。

 単純にこれはやる気の問題で、全体図が見えない状態でやる気が出ないのは決して向いてないからではない。それが普通だ。だから、やる気を出す方法を知っていればこれは回避できる。

 最も効果的なのは、リストアップを行う事。この時、表にしてはいけない。分類に分けて箇条書きにすること。表にしてしまうと縦横の認識が増えるため、認識する情報量が増えてしまい、やる気を阻害してしまう。必ず縦に。ただただ箇条書きにすること。

 リストを作ったら、それを消していく事。望ましいやり方としては、リスト専用にHTMLやワードでファイルを作成し、終わったものに取り消し線を入れていく事。見返した時に漏れが解りやすくなる。なんならそれ専門に非公開のblogを作成し、そこに進捗を記録していってもいいぐらいだ。

 リストはできるだけ細かくするといい。例えば立ちグラフィックでも差分は全部リストアップしておく事。作業はおそらく一気にやってしまうが、その際、進捗をつける時には一気にリストに打消し線を入れていく事が出来る。これが意外に気持ちいい。

 損を回避することが面白さにつながると、何度も書いているが、この打消し線を入れていく作業も損の回避に等しい。大量にあるリストという損を一つ一つ消していくと、自然とやる気が出る。なにより、残り作業がどのくらいで、次にこれをやる、というのが把握しやすい上に、新しく作業が増えたとしても、即座にリストに突っ込んでしまえば忘れることもなくなる。

 よって、次に何をするべきかを見失ったときは、まずリストを作ろう。そして、出来上がったリストを黙々と、上から潰そう。もし順序が不適切だと思ったら、リストの順序を入れ替えればいい。やることがどれかさえ把握していれば手を付けるのは簡単だし、手を付ければやる気は出る。人間、そういう風にできている。らしい。

ゲーム制作で行き詰る原因として、イベントをこのぐらい用意して、とか、登場人物をこのぐらいよういして、とか、すげーかっこいい戦闘システムにして、とか、あれこれ理想の完成形を妄想して、いざやってみるとそのギャップに苦悩して投げてしまう。これも恐らく、ゲーム制作者あるあるだと思う。

 人に見せられる段階まで仕上げられなかったゲームは、何作作っても経験にはならない。だから、ゲームデザイナーを目指す人は、まず完成させることが重要で、完成させるために必要なものは妥協だ。

 完成させられない人がよく口にする言葉がある。

「妥協したくない」

 でもこの言葉は、自分に実力がない事を認めたくない、理想形が作れない事に対する言い訳に過ぎないのだ。「妥協したくない」と言っておけば、頑張って作成を進めていると思われるだろう、と言う虚勢。「妥協したくない」と言っておけば、作成は止まっていても勉強しているから、というごまかし。

「妥協したくない」と口にした瞬間、そのゲームは完成しなくなる。あの要素も入れたい。妥協しないために。あの要素も追加したい、妥協しないために。こんなこともしたい、妥協しないために。妥協しないためという言い訳で、どんどん理想が膨らみ、いつまでたっても完成しない。なぜなら、頭の中にある完成形がどんどん変化するからだ。

 妥協するということは、現在の自分が出来る事を認識するという事。この程度の事しかできないということを知る事であると同時に、完成形を崩さないという芯を持つこと。新しく要素を追加するにあたって、今作っているゲームに必要な物か、不要な物かの判断がしっかりできるという事。

 あれもやってみたい場合、次回作でやればいいのだ。そういった諦め、妥協は決して甘えではなく、むしろ妥協しないでいつまでたっても完成させない事の方が甘えなのだ

 よって、完成させるために必要な事は、削る技術。試作品が完成して初めて、要素の追加が出来る。妥協はお客さんに失礼と言う人もいるかもしれない。だが、未完成は作品に対して失礼なのだ。そして、未完成である以上、お客さんからの評価は何もない。つまり、失礼とさえも思ってもらえない。スタートラインにすら立てないのだ。

 だから妥協しよう。理想形が心に重いから手が止まるのだ。
 だから妥協しよう。捨てたら軽くなるものなのだ。
 だから妥協しよう。片付いた部屋を綺麗にするのは簡単なのだから。

  
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自己紹介:
素材屋GYMを運営。
TRPGや同人ゲームなどを制作。
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