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同人ゲームやフリーゲームはもちろん、ゲームデザイナーを目指す人、これからゲームを作りたい人、今もゲームを作っているがなかなかうまくいかない人向けの、ゲーム開発に関するブログ。

今かから書くこと、というのは一種オカルトに近い。これも何ら科学的分析がなされたものではなく、学者からの論文などが有るわけでも無い。ただ、状況証拠を集めるようにただただそういう物であると言う事象をかき集めて分析した結果に過ぎない。

 よって、以下の内容は話半分、そういう考えもある、程度に読んで欲しい。

人間の認識は3から4の間にある
 これは以前から提唱しているのだが、人間の認識は無意識では3、意識してやっと4が把握できる。4つを同時に意識し続けるのは難しく、4つ目を意識させると、それまであったものの3つからどれかが抜け落ちる。

 ……と思う。

 裏付けの学説が有る訳ではないのだが、これらの証拠らしきものは世界中の神話や生き残った経済活動、定説、定番などからかき集めてくることが出来る。このエントリーはそういった証拠「らしきもの」をかき集めたものになる。

実験
 まずは体験してもらった方が良いと思う。

 10000000

 ぱっとみて、これを数えられるだろうか?

 ではこれはどうだろう?

 100,00000

 相変わらず読みにくいはずだ。

 それではこちらではどうだろうか?

 10,000,000

 少し数字に慣れている人であればこれはすぐ読めると思う。

 これならどうだろう?

 1000,0000

 そう、1000万だ。日本人だとこの区切りが言語の区切りと一致しているので読みやすい。

 つまり、1000万と読む為に10000000と言う数字では読みにくいので、区切りを入れる事で認識しやすくしている。と言う効果が有る。ところがこの区切りには3桁ごとの区切りか、4桁ごとの区切りしかない。要するに、人類史上、5桁ごとの区切りで数字を数える文明は、一つも存在していない。

 同じようにこういった区切りも思いつく

 10,00,00,00

 今は知っているから1000万だと答えられるが、知らなかった場合、1000万と答えられるだろうか? あまり細かい区切りも実はよろしくないのだ。

 と言う訳で100000000を区切るにあたっては、2桁毎も実はよろしくない。これも人類史上、2桁毎で区切る文明と言う物が一切存在していないからだ。100000000と言う数字を区切るには、3桁ごとに区切ってミリオンを付けるか、1000万と呼ぶか、この二通りしかない。2千年という年月を費やし今やAIの完成に近づいた人類が、100000000と言う数字を区切る方法を2つしか編み出していない。これはとても興味深いことだと思う。

 3から4の間に認識の壁が有るとしたのはこれがとっかかりの一つでもある。同様に、7と8の間にも大きな壁が有る。気づいた人はほとんどいないと思うが、ちょっと前の文章で「100000000と言う数字を区切るには」と書いたが、この数値は1000万ではない。1臆である。数えてみれば解るが、ゼロが8つある。これが1000から10000の変化であればすぐに気が付いたはずだし、いちいち読み返して0の数を数えたりもしなかったはずだ。ところがゼロが7から8に変わった瞬間は認識できず、1000万だと言う思い込みで1000万と読んでしまった。八百万や八雲など、8が日本で沢山を意味する所以はここにある。

 そして、言われたから気が付いた人も居ると思うが、一億になっているのはその段落全てであったりする。人間の認知の壁を知れば、こういったやり方で「慣れ」や「ごまかし」を作ることが出来、ゲーム内のスパイスのようなものをより意図的に盛り込みやすくなるのではないかと思う。

3:人間が無意識に認識できる物
――キャラクターの数が3の倍数を超えるごとに、書き分けは難しくなっていきます。
鑑裕之著 美少女ゲームシナリオバイブル第三講より


言葉、単語
 言葉から探してみても、3つにまとめられたものは多い。

過去・現在・未来
昨日・今日・明日
明日・明後日・明々後日
年上・同い年・年下
大・中・小
弱・中・強
青・黄・赤
序・破・急

 特に、信号機の3色は、人の命を預かるものが3つにまとまっているのは興味深いと思う。韓国に4色信号機が有るが、四つ目の色とされるのは矢印であり、色は便宜上の表記でしかない。実質、使われている色は3色しかない。

 キャラの書き分けなども3の倍数を超えるごとに難易度が上がると鏡先生が言っているのも、恐らくこういった人間が持てる認識の壁のような物からくるものではないかと思う。

三人寄らば文殊の知恵
三羽ガラス
三度目の正直
仏の顔も三度まで
二度あることは三度ある
御三家

 ことわざや表現などにも3は好まれる。

順位付け
 殆どのレースで表彰台に昇れるのは3位までで、4位以下が台に上る事は少ない。

神話等
 宗教においても3を一塊としてとらえるものは少なくない。

三位一体(キリスト教)
三神一体(ヒンドゥー教)
三相女神(各宗教)
 特に三相女神については、かなりの神話にてそういう区分を見ることが出来る。それ以外にも、天国、地獄、地上(現世)といった具合に3つに分ける宗教も多い。

 不動明王のように、中央に本尊、左右に眷属といった描き方、彫り方、置き方をする神話の創造物もかなりの点数が見られる。

 神道でも最も有名な兄弟は、アマテラス、スサノオ、ツクヨミの3兄弟である。


数字の区切り
 先述の通りだが、数字の区切りにも3か4でまとまっているものは非常に多い。

1,000
1,0000

 桁の区切りはもちろん

I,II,III,IV,V,VI....

 ローマ数字の区切りは3から4に行く際にIIIIではなくIVと4つめを嫌っている。



 トランプの10で5x2になるものは少ない。有るかもしれないが見たことは無い。7から8に行く際も、4x2にせず、3+2+3と4を避けている。

 バビロニア数学でも同様に、9は3x3の塊で、30から40に上がる際には、横に4つ並べず、それまでとは全く異なる配置に記述する。

 これらは恐らくだが、数を数え始めた頃は他にも記述が色々と試されたのだろうと思う。ただし、その中で便利な物が生き残り、不便なものが淘汰され、5は徹底的に避けられ、4は極力避けるといった結果が記録として残ったのだろうと思われる。

映画など
 三部作で作られるものは非常に多いのに対して、4部作となる場合は非常に少ない。また、4を超えた場合5、6へとさらに数が増える場合が多い。

4:生活に密着するもの
 意識してようやっと認識できるものが4つめになるが、生活するうえで、4は欠かせない。また、3に比べてキリが良いこともあり、計ったり、考えたりするようなものには好んで用いられる。

言葉
 日本語に限って言うと4文字熟語が非常に多く、それ以外にも4つにまとめられたグループは生活に密着した物が散見される。

東西南北
前後左右
老若男女
士農工商
起承転結

 等々。身分や方角、序列など社会的な表現などに多く用いられる。たいていの場合、相反する2つの要素を2つまとめたもので、3でまとめるよりも4でまとめた方が理解しやすいものが4文字にまとめられる。

音楽
 3/4や4/4など、音楽の基本となる分母は4である場合が極めて多い。たとえ変拍子であっても7/4等になり、それ以外の表記は滅多に見られない。6/8の場合があるが、これも演奏時のニュアンスの問題で、数字としては単純に3/4の倍である。

 曲の構成も多くの曲の歌詞は3ブロックに分けられる。Aメロ、Bメロ、サビ。あったとしてCメロ。もしくは大サビ。3か4の間に収まることが多い。

数字の区切り
 特に人間が入力する類の物は、4桁や3桁で区切りが入ることが多い。

電話番号
郵便番号
クレジットカードの番号

 パソコンなどに入力させるようになると、この区切りは無くなっていく傾向が強い。バーコードなどは良い例と言える。

7:記憶の認知の限界、もしくは区切り
 西洋では最も力のある数字とされる7は、3+4、つまり無意識で判断できるものと意識的に判断できる物が組み合わさったもので、意識的な記憶の限界となる。これ以上は記録をとったり数を数えたりと、記録的な資料が必要となる。

 何も考えずに同じ作業を繰り返し行うと、7回目を超える辺りでめんどくささを覚えるようになる。しかし、これは3つか4つを過ぎるとあと少しだと感じるようにある。丁度、一週間で水曜日を過ぎると今週はあともう少しだと思うのと同じように。

 この山を越えるのが好ましいらしく、人間は何かをまとめる際に7つにまとめたがる傾向が有る。この傾向が7をラッキーセブンと呼ぶ要因となったのではないかと勝手に思っている。7でまとめられるものは極めて人工的な分類で、人の力、人の英知を示す数字でもある。

 ゲームデザイン、特にキャラクターに関わる物を用意する際には、7を目安に作成するとモチベーションが保ちやすくなるはずだ。言い換えるなら、7は作業する本人のための数字と言える。そういった観点で以下の物をみると、確かに人為的なまとめという片鱗が見えてくると思う。

七不思議
虹(七色)
一週間(七日)

 7と言う数字を活用するには、例えばプレイヤーに作業感のある内容をやらせる際に、7回で終わるように調整してやればモチベーションを保つことが出来るかもしれない。

8:神聖な物、特に日本では多数を意味する数字
 8は4の倍数であるが、4x2と考えるよりも4+4と考えた方がUIなどでも都合がよくなる。7+1もよろしくない。4+4である。

 あらかじめある4つに違う4を加えると考えた方がよい。

 例えば、あるアイテムを作る際に、前提として必要になるものも作らなければならない、となった際、許される個数は4つまでという事だ。2段階まで。Aを作るのに「いろはに」の4つが必要で「いろはに」を作るのにそれぞれに異なるアイテムが4つ必要、であればモチベーションはまだ保てる。しかし、これにさらに一段階増えると途端に複雑に感じてしまう。8を超えるからだ。

 これに対して同じものを二回作るのは大して苦痛ではない。よって、4x2ではなく、4+4と考えた方がしっくりくる。

 日本では8を沢山ととらえる風習が有り、8から始まる言葉が多い。

八百万
八百屋
八雲
八咫鏡
八重桜
八岐大蛇
八重垣
八面六臂
八部衆
八束剣
八幡


 特に古い言葉が起源となる単語に関しては、8を物理的な数ととらえるのは過ちである。
八束剣は握り拳8つ分の束を持つとするよりも長巻等に近いものと考えた方が良いし、八岐大蛇についても8つの頭をもった蛇ではなく、それ以上の数があるものとしても間違いではない。そもそも蛇は川の表現で、良く反乱する周辺の川を、八重垣による堤防、土木工事によって水害を防いだと言う話をたとえ話にしたものが八岐大蛇伝説なので、物理的に8つの頭が有ったとこだわるのは、恐らく大きな間違いである。

12:世界で神聖とされる数字
 奇妙な事に12はこの世界ではどこでも神聖なものとして扱われている。

黄道十二宮
干支
十二使徒
一年
ダース

 大元は太陰暦で、月の満ち欠けが12回で季節が一周すると言う自然現象に起因する。よって、人間の認識の問題とはあまり関係性が無い。唯一関連性を見出すことが出来るとすると、その12をどのように並べるかという記述方法ぐらいだろう。

 占いのコーナーなどを見るとだいたい4x3の並びになっている。ビールのダースケースも同様に4x3で、3x4の縦長になる事は殆どない。同じ12であっても、3行であればストレスなく読めるが、4行だとストレスを感じるからだ。これも3と4の間にある人間の認識の壁のような物から自然とそのような形式を取るようになったと考えられる。

 12は宗教の基本となる数字らしく、12の倍数は度々特殊な数字として登場する。72や108はその代表例だろう。逆に言うと、オリジナルの世界で神聖な数字を設定する際、その世界の住人が一年をどのようにカウントするかを決めておけば、リアリティのある数字が作れるのではないかと思う。

まとめ
 7から先は比較的人為的な括りになっているのがお分かりいただけただろうか? 一旦神聖な物と認識されたものは、それにゲンを担ぐのか、そこにそろえようとする傾向が強い。

 実際の所、冒頭の数字の例で解る通り、3と4の間が人間の認識の壁で、その他のものはその組み合わせに過ぎない。この認識の壁は、特にUIをデザインする際に大いに役立つと思うし、ゲームバランスを取る際の目安、また、意図的に迷わせたいときと迷わせたくない物を上手く配置する際にも手助けになると思う。

 何かしらの参考になれば幸いである。
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筆者はお笑いの芸人ではないし、別に笑いを目指してはいない。が、ゲームを作るにあたってはそのどこかに笑ってしまう要素、特にシナリオを作る面ではある程度は必要になるし、結局のところゲームの面白いとお笑いの面白いはその度合いの強さの違いでしかないのではないかと、そのように考えている。

 もちろん、なんら実験データを持たない物だし実践の成果もなく、試験もしていない。ゆえにある程度の確信はあるものの、これを信じて死ぬのは筆者だけで良いと思う。よって、仮説というカテゴリに放り込むことにした。読まれる方は話半分程度に思ってもらいたい。

緊張と緩和か緊張の緩和か
 よく「笑いの基本」と呼ばれるものに「緊張と緩和」と言う物が有る。松本人志を筆頭とするお笑い芸人の間では浸透しているものであるが、これの元は二代目桂枝雀が提唱した「緊張の緩和」で、一文字違いだが大きな違いが有る。

「緊張と緩和」、でイメージするものは、「緊張があってから緩和があり、緩和の時に笑いが起こる」という順序だったものになる。松本人志自身、「緊張が良い感じに来てるからここで緩和」と言った旨の発言を、本音ではしご酒にて披露している。

 対して「緊張の緩和」では「緊張した時に緩和するため笑いが起きる」という、反射的、生理的な人の作用をイメージする。一文字違いではあるが、日本語が示唆する内容は全く異なる。

 言い換えるなら「緊張と緩和」は「順序」。「緊張の緩和」は「事故」で全く別の物を意味している。どちらが正しいかは実際に笑いが起こっている所を分析すれば見えて来るかと思う。

笑いが起きる瞬間
 自分が一番笑ったシーンと言うと、かつてリンカーンで放送された「帰れま1」で、松本が嫌いな罰ゲーム第一位をパネルから選ぶと言う企画。ここで、天野が「人間ふりこ一斗缶撃破」を選ぶ。

 10mの高さに釣り上げられ、そこから一斗缶の壁に向かって頭から突っ込むのだが、これで爆笑する瞬間は、一斗缶の壁と天野が激突した瞬間である。天野が無事生還した瞬間ではない。

 緊張と緩和のイメージによる手順で行くならば、一番笑う瞬間は天野が生還したところになるはずだが、実際には一番緊張が走った衝突の瞬間である。

 そして、当の本人はこの罰ゲームの間一切笑っていない。緊張が一番緩和されたにもかかわらず、だ。

緊張の緩和
 桂枝雀の提唱した「緊張の緩和」にはある前提条件が有る。それは、客席と言う安全な場所にいる、という前提が必須だという事。そして、度が過ぎないと笑えない、という事。

 実際、お笑い芸人らの芸をみて笑う瞬間、その当事者らは笑っているだろうか? ザリガニに鼻を挟まれた出川は笑ってるだろうか? もっと身近な話でもいい。遊具で遊んでいる友達が自分で蹴ったボールにつまずいてこける、そんな瞬間、周りは笑うだろうが本人は笑っているだろうか?

 基本的には他人の不幸だから笑うのであって、それが自分の身にも降りかかるかもしれない、と感じたり、イメージする延長線だと笑えないものになる。

 例として出されていたのは、金持ちで気取ってるオバハンがこけると笑ってしまうが、浮浪者で今にも倒れそうな人がこけると笑えない。倒れるのが予想できるからだ。
笑いとは現実に戻そうとする生理現象
 笑顔には健康にする作用が有り、特にストレスに対する耐性が非常に強くなる、という医学データが有る。なぜそういう作用があるのかを探るには、他の動物を見ると良い。口角を上げ、大きく口を開き目を細めた表情をどんな時にするか。

 笑顔と言うのは相手を威嚇するときの表情、今から噛みつくと言う表情なのだ。

 ペットを飼ったことが有る人なら解ると思うが、ある程度大きな動物はじゃれる時に甘噛みをする。要するにこの甘噛みが進化の過程で定着したものが笑顔で、安全だよと自分自身に言い聞かせるために行われるものが笑いとなる。

 ゆえに、人は極端な恐怖に接すると笑うし、その人の不幸に共感してしまうと笑えない。が、完全な他人事として認識出来れば笑う。

 なぜか。

 緊張を緩和するためだ。

笑い話と不幸
 何か辛い出来事が有ったとしよう。数年減ると「今は笑い話なんだけど」と語ることができるようになり、実際に笑って話すのだが、笑い話になる前は、悪口や愚痴として披露される事になる、そんな経験は誰しもあると思う。

 話の内容は全く同じだし、語り手も同じだが、笑える話になる場合と笑えない話になる場合がある。これも笑いが「緊張の緩和」であって、「緊張と緩和」ではない証左ではないかと思う。要するに、語り手に取ってもう安全だ、もう無関係だと言い切れる状況にあるから笑えるが、まだ当事者である、という自覚がどこかにあると笑い飛ばすことは出来ない。

 実はここに喜劇と悲劇のヒントが有るように思う。客席にとっても当事者として共感できるような内容であれば悲劇、客席にとって当事者ではないと認識できるようであれば喜劇になるのではないかと思う。

 この当事者と錯覚するかどうか、共感してしまうかどうかのヒントは2つの場所から引っ張ってくることが出来る。一つは論の提唱者、桂枝雀。もう一人は努力の人、島田紳助。

ホンマ領域
 桂枝雀は笑いが起こる仕組みを分析して、落語にはこういうオチのパターンがある、と4つに分類したものを提唱した。それぞれがどういうパターンかは各自調べてもらうとして、ここでは彼の説に重要な役割となっている「ホンマ領域」について書きたいと思う。

 ホンマ領域と言うのは言い換えるなら「予想」や「期待」だ。今話している内容がどんな方向に進むのかなと言う予想、この領域から逸脱した瞬間に笑いが起こる、と言う物。

 逸脱の形式がどのような物に分類されるか、で4種類に分類されたのだが、いずれの場合も、「このお話はこうなるだろうな」と考えていたところにおかしな事が起り、それが可笑しさを産むというのが基本的な理屈だ。

 上岡龍太郎との対談では子供をあやす時の話が例として挙げられていたが、この時、「ぷるるるる……ばぁ」としたとき、「ぷるるる……」が緩和した状態で「ばぁ」が緊張した状態と桂枝雀は解説した。これに対し、上岡龍太郎は「ぷるるる……」が緊張で、「ばぁ」が緩和かと思ったと答え、桂枝雀は「そうとも言います」と答えたが、これは相手を立てただけの話でしかない。

 ホンマ領域で考えると、「ぷるるる……」はこの先どうなるかは良くわからない。ただ、このまま小さくなっていくか、「ぷるるる……」が続くかと言った所が予想、期待の範囲だろう。そこへ突然「ばぁ」が来るのでホンマ領域を逸脱し笑いが起こる。

 ホンマ領域とその逸脱は、別な言葉で言い換えると、「慣れと異物」などになるかと思う。慣れさせたところや、こういったものだと慣れている物に対して突然違う物を用意する。そうする事でインパクトを産み、そのインパクトの度合が笑ったり、ホンマ領域で収まるようであれば緊張に変わったりするのだろう。

 ゲームで言うと超兄貴はこのメカニズムがふんだんに盛り込まれている。例えば、オプション。R-TYPEでは弾を打ち消すだけでなく攻撃にも使える頼れるフォース、グラディウスでは追尾してきて同じ攻撃をする頼もしいオプション、そして超兄貴では横に侍り攻撃をしてくれるがダメージを受けると離脱する。

 それまでのオプションは一切離脱していないので、ホンマ領域ではオプションはある意味無敵である。それが自機よりも先に死ぬという逸脱。初見ではインパクトの強さゆえに驚きと笑いが起こるが、それが理解できると今度はホンマ領域内に収まるため緊張へと変わる。

 他にもラスボスの変身前がやたらと小さかったり、撃破後の変身直前、小さい光をふらふらと画面中央に飛ばせてからの両サイドからの挟み込みなど、元々の概念として「ボスは大きい物」という思い込みと、それまでのステージでの植えつけを裏切り、さらに視線と注意の誘導をしておいて突然の攻撃に対応できなくするなど、初見殺しによる笑いを上手く作り上げている。

 そう、ホンマ領域とその逸脱は、さらに別な言葉に言い換えると、「初見殺し」になるのだ。

納得したストーリーはおもんない
 島田紳助がNSCで講演した際、ネタの作り方について以下のように発言している。

「ストーリーにしたらあかんねん。ストーリーにしたら納得したもんになんねん。流れは綺麗や。でも、おもん無いねん。」

 上記は短い漫才のネタの作り方について語られたものだが、これもホンマ領域と照らし合わせて考えてみると良く解る。ストーリーにすると先が見える。先が見えるとこうなるだろうなと言う期待がそちらに向けられるため、その期待の通り進んでしまうと笑いは生まれない。

 日本語の面白いには2つの意味が有り、一つは興味深い、もう一つは可笑しいである。このうち、可笑しいはホンマ領域を飛び越える突然の出来事が無くてはならない。逆に興味深い、は良く出来たストーリーによって生み出される。



 よくネタバレは面白くなくなると言うが、ストーリーがしっかりしている物に関してはネタバレをしても面白さは損なわれる事は無い。例えばガンダムの一年戦争は、何度もゲームでリメイクされているが、そこにネタバレしてるから面白くないと言う人は居ない。

 逆に、可笑しいに関してはネタバレをすると面白さを損なってしまうことが有る。ホンマ領域を外れる出来事を知らないから笑えるのであって、知ってしまうと笑えないのと同じで、4回、5回と同じ動画を見るとそれに慣れて来る。ここで何かが起きるぞ、と知っているとあまり笑えない。もう一度見たい笑いのシーンも、一回目に比べると、覚えているうちは笑い方が大人しくなるはずだ。

 よって、喜劇を作るか、悲劇を作るかでストーリーを重視するかどうか、どの程度重視したものにするかは決まってくる。感動して泣くもの、悲しくて泣くもの、あるいはホラーなど恐怖を与えるものは、綺麗な流れになればなるほど面白さが増す。逆に笑わせようとするならば、今までの話の流れとは関係ない突然の出来事を用意すると良い。めいびー。

注意事項
 当然、この話は実際どうなのかというと、しっかりとした検証が行われている訳ではないので鵜呑みにするのは危ないと思う。だが、「緊張と緩和」についても言葉だけが先行していて、実際にそういう検証がされているかどうかは怪しい。

 松本人志自身、「緊張と緩和」と言う理屈には囚われているが、彼のボケのタイミングはその理論へのこだわりは見られない。もしかすると、「緊張と緩和」には別の取り方があって、それを実践しているだけかもしれない。

 ただ、このエントリーを読む事で分析のための物差しは持てたのではないかと思う。あとは各自でこの物差しを使いながら色々と分析をしてみてもらえればと思う。

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「ストーリーにしたらあかんねん。ストーリーにしたら納得したもんになんねん。流れは綺麗や。でも、おもん無いねん。」


誰かとチームを組んだ際、三人寄れば文殊の知恵と言うが、三人いたらもめるのが人間と言う物。正直、筆者は二人でももめる時はもめるし、怒られるときは怒られるし、怒る時は怒る。経験上、意見の食い違いよりも解釈の食い違いで問題になることが多く、特に文章でやり取りした際に発生しやすい。

 GYMで実際にあったのだが、ある曲のラフが上がってきた際、頭のシンバルが大きすぎたため、このまま公開すると試聴の時点で最後まで聞いてもらえないだろうと感じたため、「これはちょっと聞いてもらえないかもしれない」と送った所、曲そのものの全否定と取られてしまい、そこから大いにもめた事がある。

 文章でのコミュニケーションには致命的な問題があり、抑揚などの感情面が一切カットされてしまい、読み手の抑揚で読まれてしまうため、全く同じ内容のものでも180度違った取られ方をしてしまうことが有る。

 例えば「おはよう」という単語。前日に特にトラブルの無い相手からであれば特になんでもない単語だが、何かちょっともめた相手だとこの「おはよう」からして重苦しく感じてしまう。送った側はちょっとでも仲を戻したくて軽い挨拶から入ったとしても、だ。

 人は、言葉のみでコミュニケーションを取る訳ではない。同じ言葉でも姿勢、声の大きさ、抑揚と様々な情報を感じとって相手の感情を判断する。「おはよう~」でも、明るく言っているときも有れば、疲れて伸ばしている場合もある。どちらで再生するかは100%読み手に委ねられる。どれだけ文面を取り繕ったとしても、相手が不機嫌な音声で再生したらすべて失礼な文章になってしまうのだ。

 こういったトラブルを防ぐため、必ず音声通話ができる環境を整えておくこと。電話でもいいし、電話番号を知らなければSkypeやLINEなどのVC(ボイスチャット)ができるものを準備し、ヘッドセットを購入しておくこと。3000円ぐらいの安い物で構わない。人脈を保つのに3000円なら安いものだ。


ゲーム実況はされる側にもメリットがあるため、やってもらう分には構わないのだが作者によっては嫌がる人も居る。よって規約などで非営利ならokだが、営利ならNGなどと言った制限を加える事が有る。

 営利、非営利について触れる機会というのが少ないため、恐らく「動画作者当人にお金が発生していなければ非営利」「動画作者当人にお金が発生していたら営利」という分け方をしているのだと思うが、実際そうはならない。

 実は「非営利目的」の条件は非常に厳しく、動画作者や携わった人がお金を貰わないのはもちろん、見る側が対価を支払っていない等の条件の他、その施設が非営利目的で運用されていなければ条件を満たすことが出来ない

 ニコ動の場合、プレミアム会員と言う形で、見る側が動画の受信に対価を支払う場合がある。また、ニコ動そのものは営利目的で運営されている会社なので、どれだけ取り繕った所で非営利目的とはならない。

 例えばデパートで流れているBGMは、聞くだけなら無料だし、それを目的に聞くだけ聞いて帰るなら無料になる。が、これには著作権料が支払われている。デパートの屋上での無料公演も同様に著作権料を請求される。上演が営利目的の施設であるからだ。

 意外かも知れないが、非営利でも売り上げを発生させて構わない場合が有る。非営利団体の場合がそうだ。目的と団体と後ろにつく単語が違うだけだが、随分と印象は変わってしまう。

 規約にどういったつもりで書こうとしているのかは、しっかりと意識しておかないと予想もつかない使われ方をすることが有るし、どういう意味なのかも使う側は押さえておかないとトラブルの元となる。

 非営利目的と言う言葉が何を意味するのかを知らず、議論している人を多々見かけるが、その手の議論を見る度に「動画投稿者にお金が発生しないのであれば」といったストレートな書き方にした方が、「非営利」とするよりも伝わりやすいのではないかと思う。

# 余談だが、ニコ動自身も間違った使い方をしているので、余計に混乱を招いているように思う。

公序良俗も同様
 公序良俗も同様に、誤解されて使われる事が多い。具体的に言うと、「公序良俗に反するもの」と「アダルトコンテンツへの使用」は同じではない

 本来は契約を作る際に、一般的な常識から逸脱していたら無効と言った具合に使われるもの。何が公序良俗かは時代によって変化するし、下手すると人によって違う。よって、規約に記載されたものを鵜呑みにすると、後々「アダルトに使わないでください。公序良俗に反する物は禁止しています」というお手紙を貰う事になる……かもしれない。もちろんこの時に「公序良俗とは~」という反論をしてはいけない。

 大雑把な物差しをつけると、公序は「公の秩序」なので、犯罪ではないものや、法律に違反しない物。良俗は「善良の風俗」、要は常識の範囲内となる。常識の範囲内は解釈が非常に難しいが、違法ではないにせよどうだろうかと疑われるような行為、例えば、結婚して無ければ浮気はOKだから、何人と関係を持っても良いと言う意見をどう見るか、という話になる。

 上記の例の回答は、まぁ、人によって異なるかと思う。つまり、曖昧なのだ。よって、
公序良俗に反する使い方として、何かを具体的に禁止する、というのは難しい。

 この公序良俗と言う言葉を、性的な物への仕様を禁止するために使う人が居るが、それは大間違い。モザイクをかける等、流通しているものと同様の処置を取れば、今機能している法律に沿う形なので公序には沿うし、良俗に反するのであれば、世の中に流通しているAV全てが商売として成り立たなくなってしまうし、AV女優と言う職業が無くなってしまう。

 これも性的な物への使用を禁止したいのであればそう名言したほうが良いように思う。公序良俗に反するとした場合は、大雑把には違法な物といったニュアンスで使用する事

 色んな人の使い道に影響を与えるものなので、こと規約を書く側に回る際には、なるべく正しい日本語を使うように心がけたい。

ゲームに限らずプログラミングに触れるようになると必ず「オブジェクト指向」という単語を耳にすることが有る。どうやら便利な物らしい、という事で調べると良くわからない解説やたとえ話にぶつかって結局全く理解できない。恐らく誰しもが通る道だと思う。

 wikipediaの記述はこうだ。

オブジェクト指向プログラミングとは、オブジェクトと呼ばれる機能の部品でソフトウェアを構成させるものであり、一般的に以下の機能や特徴を活用したプログラミング技法のことをいう。



……日本語でおk

 オブジェクト指向に限らずだが、プログラムの用語を調べると大概数式に遭遇することがあり、そんな物は求めていないと言う気になる。説明不足を指摘するプレイヤーが求めているのは説明ではない説と全く同じで、使い方を求めているんであって、説明は求めていないのだ。

 だがしかし、使い方の実例と言う物はこれまた少なく、出てきたとしてもソースコード。違うそうじゃない。

 と言う訳でない物は作れ。カス子で培ったフロンティアスピリッツで、間違えていると言う指摘覚悟で筆者なりの理解を、整理もかねて記述したいと思う。間違ってると思った方は、より間違ってないであろう説明をご自身の手で作ってもらいたい。

オブジェクト指向とそうでない物

 オブジェクト指向を理解するには、同じ挙動をするものでオブジェクト指向のものとそうでないものを見比べると良いと思う。と言う訳で例題。

例題1:面構成

ツクールでアクションゲームを作った。この時各面の遷移をどう管理するか。全8面。用意したMAPも8つ。検討した結果、以下のようなものにしようと考えた。

マップID
1 6
2 8
3 1
4 2
5 10
6 9
7 4
8 3

 ぱっと思いつくのは、適当な変数、便宜上「面構成配列」とするが、この面構成配列に[6,8,1,2,10,9,4,2]と配列を代入するもの。これはオブジェクト指向か否か。



 面構成配列 = [6,8,1,2,10,9,4,3]




 正解は、面構成配列に配列を代入したものはオブジェクト指向では無い。オブジェクト指向の場合はどう記述するか。以下のように設定する。

マップID 次の面ID@メモ欄
1 2
2 10
3 0
4 3
6 8
8 1
9 4
10 9

 次の面のIDを各マップのメモ欄辺りに記述して、クリア時にこいつを読み込むという手法を取る。

 処理の違いを見てみよう。例えばゲームクリアをした際、面構成配列を採用した場合は以下の物が必要となる。

 次の面ID = 面構成配列[クリア面数]
 
 要するに、クリア面数を代入している変数が新たに必要となる。

 対してオブジェクト指向だとこうなる。

 次の面ID = 次の面ID@メモ欄

 一行削れただけだが、意外にこの一行がエラーを産む元になったりする。

 さて、ここでステージの構成を入れ替える事になったとしよう。4面と8面を入れ替える事になった。どうするか。配列の数字を入れ替えるだけだ。



 面構成配列 = [6,8,1,3,10,9,4,2]

 こういう場合は、オブジェクト指向よりも面構成配列を採用したほうが数が少ないから、まだぱっと解る。だが、もしこれが数がもっと増えたらどうなるか? また、テストプレイ中、今触っている面のIDが何番かというのは判断しづらく、難易度が高いからこの面は入れ替えようという際にはまずマップ画面を探すはずだ。オブジェクト指向を採用していた際、マップ画面はその画面を開いているので、メモ欄に次のステージを新たな物に書き換え、前のステージなどを変更する。

 面構成配列を採用していた場合はもう一つ、どこにその変数を用意したか、探すのが面倒になる場合が有る。また修正中にカンマを間違えて消してしまったり、気が付いたらステージ数が7になっていたりという事も起こりうる。そういった凡ミスをオブジェクト指向は防ぐことが出来る。

 もちろん、オブジェクト指向でも凡ミスは発生する。ステージのつながりがおかしかったりエラーで終了したりする。が、問題は今、その時プレイしていたステージにあるため、問題点も探しやすい。

 まだ面構成の話なので、オブジェクト指向の便利さと言う物はこの文章では伝わりにくいと思う。が、オブジェクト指向がどういう物なのかについては大体解ってもらえたと思う。

 要は、どこかで一括で管理するものはオブジェクト指向では無くて、バラバラに設定していればオブジェクト指向、となる。

例題2:装備に応じて立ちグラフィックを変更する
 数が増えれば増えるほど、オブジェクト指向はその真価を発揮するようになる。装備品によって立ちグラフィックが変化するゲームを作ったとしよう。まぁエロ同人ではド定番だが、これをどう処理して実装するか。

 何も考えずに作るとしたらこうだ。

 アクター1が、頭部にヘルメットを装備しているとき、ピクチャ4に「ヘルメット装備画像」を表示
 アクター1が、頭部に帽子を装備しているとき、ピクチャ4に「帽子装備画像」を表示
 ・
 ・
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 アクター1が、武器に弓を装備しているとき、ピクチャ5に「弓装備画像」を表示

 と、条件式を作って、全てのパターンを用意する。単純作業で量も多いが実装は不可能ではない。もちろん、これはオブジェクト指向ではない。

 オブジェクト指向ではどうするか。

 アクターに以下のように設定していく。

<立ち:ヘルメット "ヘルメット装備画像">
<立ち:帽子 "帽子装備画像">



<立ち:弓 "弓装備画像">

 そして、立ち画像を表示する際にはこのように実装する。

 アクター1の頭部の装備を確認⇒アクターのメモ欄から<立ち:装備品 "画像">を取得して対応するものを表示。

 どういう事かと言うと、条件式を一切合切カットしている。ソースコードがすっきりするのはもちろんだが、単純に条件式のみで実装した場合、ピクチャ番号を間違える場合がある。また、数が増えれば増えるほどソースコードは長くなり、間違えた場所を探すのが難しくなる。

 対してオブジェクト指向であれば、少なくともピクチャ番号が装備部位では統一される。間違えたとしても、特定の装備だけ間違えるという事は無い。その場合、5か6行のなかから一つを修正してやれば良い。

 デバッグも1つの装備がきちんと表示されれば、ファイル名の間違いが無い限りはきちんと表示されるためいちいち全部を確認する必要は無い。(後々あらためて一通り確認はするべきだが)

 例題ではアクターは一人だったが、実際に作られるゲームでは2,3人になる事も多いだろう。筆者のように人員整理が上手く出来なければ20何人という事も有る。(RAVAGE

 全員分の着せ替えを、条件式で作っていくとなると、装備品が各5種類、部位が5か所アクター3人としても、条件式は75行必要となる。一行に1分かかったとしても一時間以上かかる計算だ。この単純作業に耐えられるかどうかという問題と同時に、どこか間違えたとき、75行から探さなければならず、この修正作業がまた時間がかかってしまう。メンテナンスのしにくさ、という意味でも条件式のみで作るよりは、オブジェクト指向で作成したほうが楽だ。

例題3:特定のアイテムを所有している場合にイベントが有る、という通知を行う
 SAVAGEがちょうど過渡期で、オブジェクト指向ではない物からオブジェクト指向へと処理を変更していっている所なので、実例として見てもらいたい。

 SAVAGEでは特定の拠点を介抱した際、特定のカードを持っていると掛け合いのイベントが発生するようになっている。イベントが発生している場合、フキダシアイコンを表示させているのだが、この管理をコモンイベントで行っている。

 まず、所持しているアイテムをチェックして該当するものが有れば「イベントがあるかもスイッチ」をonにしている。

 つづいて、有るかもスイッチがonの時、実際に該当するイベントを精査して、どの一度も発生していないイベントが一つでもあれば、通知をonにし、発生通知がonの時、特定の拠点にフキダシを表示させている。
所持アイテムをチェックして……

実際にフラグが立てれるかをチェックして



フラグが立っていたら吹き出しを表示


 こういう処理の仕方をしていると、イベントの新規追加と言う物が難しい。なので、次はこういう風に変更してみた。

 イベントそのものに、必要なカードと既読かどうかのスイッチ番号を代入して、どれか一つでも実行できそうなら吹き出しを表示させる、という手法だ。代入はカスタムルートでスクリプトが使えるのでそちらで行う。

オブジェクト指向で組みなおすとこうなる。
実際、一番上のコモンイベントは不要。

 見比べてみて欲しい。コモンイベントを3つまたいでいたものが、わずか3つの命令で済んでいる。ややこしい条件式も要らないし、なによりもイベントの追加がこれによって非常に容易になった。

 追加のしやすさ、メンテナンスのしやすさがオブジェクト指向を採用する利点であり、規模が大きくなればなるほどその恩恵は大きくなる。

まとめ
 実例として表示されるのは以上までだが、少なくともオブジェクト指向ではない処理の仕方と言う物についてはご理解いただけたのではないかなと思う。簡単に言ってしまうと、条件式を多用してしまうのはオブジェクト指向では無い、という事だ。

 もちろん、オブジェクト指向はいくつかのデータを効率よく扱うために検討が必要なので、小規模なもの、例えば3つ4つの分岐程度であれば、オブジェクト指向で組む方が時間の無駄となる

 よって、無暗に最初からオブジェクト指向を視野に入れず、条件式だけでぱぱっと組んでしまい、数が多くて面倒になりそうだ、という場合は今組んだ条件式から省けそうな物を省くにはどうしたらいいだろうか、と検討してみるのが学習の流れとしては良いと思う。

 以上、筆者なりのオブジェクト指向の解釈を披露してみた。株式会社とかの例を出されるよりかは解りやすかったと、個人的には思っている。もし間違っていると感じたら、上回る内容のものを各自で作ってみてもらいたい。こちらもその方がより勉強になるはずなので。

  
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素材屋GYMを運営。
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