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同人ゲームやフリーゲームはもちろん、ゲームデザイナーを目指す人、これからゲームを作りたい人、今もゲームを作っているがなかなかうまくいかない人向けの、ゲーム開発に関するブログ。

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損のデザイン

限定された期間
 あり
リソースの管理
 なし
明示された選択肢
 あり

分析と感想

 順番などを決める時非常にお手軽ですぐに決着がつく便利なゲーム。グーチョキパーの3つの選択肢から一つを選び、同時に出さなければいけない都合上、限定された期間が存在する。

 色々な派生があり、上にどういったものを付加価値として載せれば面白くなるか、のサンプルの宝庫とも言える。

 例えば勝った手によって進める歩数が異なるグリコ。チョキとパーが6文字なのに対してグリコは3文字。多く進みたいときはチョキかパーで、チョキが勝つのでチョキが出やすい。となると、その裏をかいて進めないがグーを出す。もしくは、さらに先を読んでパーを出す。状況に応じた心理戦が繰り広げられる。もっとも、小さいときはそこまで考えていないだろうが。大人になってからやるとこれが意外に面白い。

 他、あいこになった際に「ドン」と先に言った方が勝つ「グリンピース」。勝った方が特定の方向を指さして、顔がそっちを向いたら負けの「あっち向いてホイ」などは、ゲームとしての面白さよりも、途中起るハプニング等で笑いが起こる事が多々ある。

 一定のリズムで繰り返されるため、ちょっとしたトランス状態になるのも影響していると思うのだが、例えばグリンピースで手と口が違うとか、連勝していたため癖がついてしまい、負けたにもかかわらず方向を指さしてしまうとか。時々「あっち向いて」のタイミングで両者同時に手が上がるなど、おかしな事が多々起る。

 特にゲーム中に起こる笑いに関しては、桂枝雀の「緊張の緩和」につながる部分もあり、ゲームの解析自体は特にこれと言った面白みも無いのだが、じゃんけんで遊んでいる人の観察というのは、実は結構な価値があるものではないかと思う。

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パソコンは意外と脆い。しかも困ったことに突然壊れ、下手するとそのデータを復旧させることが出来なくなる。これの対策はバックアップを取ったり、専用の機械を使ってサルベージしたりと言う手段がある。ただし、前者は習慣の無い個人ではつい忘れてしまうものだし、後者はそれ専用の機材など個人で持つ必然性は全くない。

 運悪くバックアップを取っておらず、パソコンが立ち上がらなくなった場合はどうするか。ショップに持って行って修理などをお願いすることになる。

 ある日、うちの母親のパソコンが立ち上がらなくなった。パソコンにはそんなに詳しい人ではないので、当然バックアップなど取っていない。講演や舞台の台本の原稿、チラシのデータなどが入っていたので、データを取り出さないと仕事にはならない。サルベージする機材などという存在を知るはずもない彼女は、某ショップにパソコンを持ち込み、「データーを取り出して、後は処分してくれ」と頼んだ。後日、連絡があった内容はこうだ。

「ハードディスクを取り出して破壊機にかけましたので、もう大丈夫です」

 不幸中の幸いだったのは、原稿に関しては打ち合わせのために他の人にデータを送っていた事と、チラシに関してはデザインをした人の所に元データがあったため、近々の物に関しては大きな支障は出なかったものの、こんなことが有ってと愚痴の電話をこちらによこしてきた。

 もしHDDを破壊機にかけられたのが筆者であれば、損害賠償を起こすレベルの不祥事だ。何せ作りかけの商品データが入っているのだから。

 ショップ店員と言うプロでさえ、「処分」しか耳に入らないようなハズレに遭遇してしまうとこの様である。と言うわけで、目の前にあるHDDに100%の信頼を置いてはいけない。

 より高い信頼度を得るためには、そもそもデータを預かり、管理し、保守するプロを頼るのが一番いい。簡単に言ってしまえば、ブログやホームページのレンタルサービスを行っている業者を利用することだ。

 非公開のブログ等を一つ用意して、そこに原稿や設定などのテキストを思いつくまま記入していけるし、何よりもネットさえ繋がれば、出先で加筆修正が出来ると言う強みがある。

 おすすめはwiki。

 ブログだと、心理的に完結したものを作らなければいけないと思ってしまうが、wikiであれば気軽な更新が可能で、何よりもサイト内リンクを設定しやすいためページ内を巡りやすくなる。用語集を作りやすい設計なので、創作活動の設定や、制作時のメモなどを残すにはうってつけで、ことテキストに関しては検索が出来る都合上、ローカルに残すよりも便利がいい。

 転ばぬ先の杖として、一つ導入してみてはいかがだろうか。もちろんテキスト以外のバックアップはちゃんと取ろう。

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3分ゲーにDな食卓を出した際、この人は本当にゲームをやったんだろうかと思うような感想が寄せられた。公表するとここを読み返すたびに気分が悪くなるので控えるが、ブログでもコメント欄に突然意味の解らない批判を書く人がいる。

 わざとそういう、マスコミのような作為的な引用をして批判しているのかと一時期考えていたが、2chその他でこちらを執拗に批判する人物とたまたま直接話す機会があったので対話を続けてきた結果、どうやら本気でそういう部分しか目に入っていないらしい。文章など頭に入っておらず、非難する材料だけを探し、それを槍玉に上げていただけだった。

 当然の事だがそれに同調する人も全文を読まない。それどころか公表されている一次ソースに当たろうともしない。また、それを指摘されたとしても改めようとはしない。非難することが目的であって、自分の正当性などどうでもよく、ただ対象の気分さえ害することが出来ればそれでいい。その程度の事だった。

 だいたい、本当に相手を批判する場合、直接面と向かって、一対一でやるのが礼儀というものだ。相手に恥をかかせることになるんだから。そういう礼を欠いた行動に楽しみを見出す人種の批判に等気を使う必要は一切ない。

 批判をする側は、いろんな意見を受け入れろと無責任な事を言うが、強い主人公がいい、と言うのと弱い主人公がいい、という矛盾する意見を取り入れた結果中途半端な駄作が出来上がった場合、誰が責任を取るのか。評価を落すのは作った本人で、批判をした相手ではない。

 すべての意見を取り入れることは出来ない。どう転んでも、一部の人間しか相手にできない。一部の人間しか相手にできない以上、どこかでそのターゲットから外れる人はでるし、その人が不満を持つのは仕方ない。その不満に対して気を使って、良い顔をしようとするから、意見にもおかしな部分が出て来る。

 もし、自分自身が間違っていると思った場合は素直に頭を下げるべきだ。だが、そうでないのであれば、無視するか、適当な返事を返す事。そういった心の歪んだ人種の相手を無理にする必要は無い。

その日の業務は、あるオペラの公演のチラシを作る事だった。リテイクを出され、不本意ながらデザインを変更させられたものだった。研修生の公演であったのもあり、どこで行われる公演で、チケット代がいくらなのか、と言う部分が解るようにしたデザインで、内部での評価は高かったのだが、担当している先生のお気には召さなかったらしい。

 変更点は以下の物だった。まず、出演者の名前を大きくしろ。和風の演目、洋風の演目それぞれで出演者のフォントを統一しろ。会場に関する情報はもっと小さくしろ。

 ……誰のためのチラシなのか、と言う部分で大きな食い違いがあった。先生は出演者のため。筆者は来場されるお客さんのため。とはいえ歯向かう事もできず、渋々新しいデザインを送信した。すると次は出演者の文字をもっと大きくしろとの事だった。即座に修正しなおし、FAXを送り、いいじゃないこれ、これで行きましょうと了承を得る。

 翌日。

 朝一の電話はお怒りの電話だった。

「あなた、なんで出演者の字がこんなに大きいの!」

 お前がそないせぇって言ったんちゃうんかいと半ギレになりつつ、すみません、すぐに直しますんで、と言って、昨日送った修正前の物をFAXする。返ってきた返事は「いいじゃないこれ」だった。

 この当時は一介の社員に過ぎなかったので致し方ない部分ではあるが、出来上がったチラシは自己顕示欲の塊の醜悪な物で、駄作と言わざるを得ない物だった。オペラがなぜ廃れたかの理由を良く表している作成過程と言える。つまり、自分たちのための歌、自分たちのためのチラシ、自分たちのための公演が目的だから廃れたのだ。(今もだが)

 怒られたりクレームが来る事に対して恐怖を抱いていた、と言うのもある。逆らいようのない上下関係、そして自分の失態は他の人にも波及する、という強迫観念のようなものもあった。それゆえに先生の言う事を聞き、自分の作品を曲げてしまったが、これがもし、どこかで対等な立場であれば、強く反論していたと思う。それで仕事が無くなっても構わない。ここでナマイキな事を言うべきなのだ。お互いのために。

 オペラが腐ったのはナマイキな人がおらず、先生を持ち上げ、持ち上げる生徒だけを優遇し、そして何よりも高すぎるチケットノルマという障害のせいで、歌の実力よりも金持ちかどうかで主役が決まってしまう環境。生徒側も先生を選ぶ際、実力よりも主役をしたことが有るという肩書で選んでしまう。ほとんどの人がなぁなぁでやっていた。結果として残ったのは、娯楽は元来商売であると言う当たり前の部分を忘れた人たちだった。
(主役級は300万にやや満たないぐらいのノルマ)

 研修生とはいえ、チケット代を戴き、さらには往復の時間と交通費を使わせたにも関わらずその来場者の側を向かない。チラシ一つとっても、客席よりも自分たちを優先するその姿勢が、恥ずかしいと思わないのかと、ナマイキをいってぶつからなければならなかったのだ。マネージャーだったんだから。マネジメントする対象が儲からないと、マネジメント業は儲からないのだから。

 生意気と失礼は違う。言葉遣いなどで、失礼な事は避けるに越したことはない。だけれども、生意気さは真剣に取り組むからこそ生まれてくる。特に表現者はそのナマイキさをもって、共演者、共同で作業する人、そして観客と世の中に喧嘩を売るのが仕事なのだから、このナマイキを失ってはいけない。

 これを言ったら失礼かな? と思われそうなことは、表現や言葉を探すか、言わないようにするのは正しい。しかし、これ言ったら生意気だと思われるかな? と迷った事は言おう。きっと思っていたよりもいい結果になるはずだ。

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