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同人ゲームやフリーゲームはもちろん、ゲームデザイナーを目指す人、これからゲームを作りたい人、今もゲームを作っているがなかなかうまくいかない人向けの、ゲーム開発に関するブログ。

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艦これクローンゲームが苦戦する中、艦これとは異なるシステムを引き下げたゲームで成功した数少ない例がアイギスです。時間の損は2種類の体力だけで、回復も遅い代わりにゲームがしっかりと遊べる仕様で艦これを抜いたり抜かされたりと言う展開を繰り広げています。

 アイギスが新たに用意したゲーム性(損)は2つ。一つはタワーディフェンス。もう一つはキャラクター編成です。

 タワーディフェンスは敵の移動距離そのものが損になるようデザインされたゲームです。味方拠点に近づけば近づくほど損を感じ、数回ゴールされてしまう事でミッション失敗となります。この距離をいかに損せず敵を処理するか、致命的な損である敵のゴールをどうやって回避するかに楽しみを見出すゲームで、ジャンルとして確立しています。

 さらに、アイギスはタワーディフェンス中の経過時間で回復するコストを用意し、いかに素早くユニットを配置していくかと、どう配置していくかの二種類を生み出しました。元々タワーディフェンスの定番として、敵を倒せばお金が手に入り、お金でアップグレードすると言う仕組みがありましたので、これを撃破から時間経過とソーシャルゲーム用にアレンジしたものです。

 ここで重要なのは、高いレアリティで強力なユニットほどコストが高く、配置まで時間がかかってしまうという点です。一人異常に強いキャラクターを作ったところで出撃できなければ意味は無く、そもそもタワーディフェンスそのものは数をどう対処するかが重要なジャンルであるため、一人で処理しきれるようなものでもありません。

 高レアの強力なユニットは先述の通り、コストが高く、数をそろえようにも数を出せない仕組みになっています。そのため、すべてのレアリティがうまく役割を持ち、高いレアリティは必ずしも得ではなく、場合によっては損となりうるものです。

 また、各ステージ毎に適切な編成と言うものが存在し、低いレアリティでも編成でさえ適切であればクリアできるよう調節されています。逆に言うと、いかに強力なユニットをそろえたところで編成が適切でなければクリアできません。

 こういった形で損と得をうまく組み合わせ、単調な作業にはならない、いかにして損を回避するかといった工夫がユーザーでやりやすいようゲームデザインされています。ソシャゲー+タワーディフェンス+編成を上手く組み合わせた成功例と言っていいと思います。
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DMMのR18ゲームの中で、一瞬で消えてしまったゲームの一つに鎧姫があります。艦これの要素をベースにゲームシステム面で付加価値をつけたのですが、負荷価値になってしまいあっという間に終了してしまいました。

 負荷となったゲーム部は将棋を模したターン性のSLGでしたが、これのターンの概念が自軍、敵軍で1ターンという基本的なところから外れ、自軍、敵軍で2ターン消費するシステムでした。残りターン数が5ターンの場合、自軍、敵軍、自軍、敵軍、自軍で終了してしまい、実質3ターンしかありません。何度も書いて恐縮ですが、人は損に動かされます。5ターンという言葉から連想するのは5手ですが、実際には3手しかない。心理的には2ターン損をしており、これが離れる大きな要因となりました。回避できない損は面白くありません。

 また、将棋を模したため1ターンに1ユニットしか操作できず、隣接した味方ユニットと同時攻撃という要素があったにも関わらず、ターン制限の都合から1ユニットで殲滅したほうが短く済みました。損をするから面白さを見出すのであって、無双が前提のゲームはただの作業になってしまい面白くはありません。

 この他に致命的だったのが、大型の敵を倒す際、キャラロストと引き換えに強力なアイテムが手に入るという仕組みが実装されていました。損とは、主にプレイヤーの判断ミスから生まれるもので、そこに得があってはいけません。しかし、この仕組みはプレイヤーが要らないユニットを捨ててアイテムを入手する仕組みで、合成と何ら変わりません。自分の判断で得をする仕組みはキャラロストの持つ損をひっくり返してしまい良さを潰してしまっていました。

 付加価値として付けたつもりのゲーム部でありましたが、そのゲーム部がゲームとして面白くなく負荷価値となってしまっていました。なぜ負荷になったか。回避できない損を増やし、回避できる損を減らしてしまったからです。キャラクターやイラストで売れるほどゲームは甘いものではない、という現実を突きつける結果に終わったと思います。
艦隊これくしょんがキャラロストという損を用意してから、多くのブラウザゲームはその要素を取り入れようとしました。結果として艦隊これくしょんに付加価値を付けた形の物が、特にDMMでは急増しました。

 中でも俺タワーは殆ど艦これと同じシステムでしたが大きな差がついてしまいました。どこに問題があったのでしょう?

 俺タワーと艦これの大きな違いはホーム画面でタワーを作るかどうかでした。これは付加価値なのですが、タワーを作る事に対する損、作らないことに対する損が存在していません。人は損に動かされるのです。

 例えばタワーをどう作るか、どう組むかで操作のめんどくささが減るなどと言ったUIは用意されています。が、タワーを組む事自体は何の損の回避にもなりません。生産施設としての役割は確かにありますが、艦これと比較するとその手間が損と感じる人も出てきます。人は損を回避するものであるから、その手間を損と感じる人は艦これへと流れます。

 タワーを作らないことでどんな損があるのか。ここがプレイヤーにはうまく伝わらず、結果、付加価値が負荷価値になってしまいました。ゲームデザインの恐ろしいところです。

 新しく追加した機能にせよストーリーにせよ、そのすべてが評価の対象となります。鉛筆の後ろに消しゴムを付けた、ボールペンの後ろにハンコをつけたなどと言った何かを付け足す方法は、付け足された物もしっかりとデザインされていなければなりません。俺タワーの場合は顕著に表れていますが、それが操作する対象であればあるほど、ゲームとして成立している必要があります。タワー建築に損を用意しなかったからそこに面白さを見いだせず、艦これとの差がついてしまった、と言うのが自分なりの分析です。
人は損に動かされる。それが行動経済学の基本的な考え方で、ソーシャルゲームはその損を時間と最大値を超えた体力に強く植えつけました。……と言うのが前回のお話。その中でも流行るもの、流行らないものと言うものがあり、一番の出世株が艦隊これくしょん、通称艦これです。

 艦これが流行った理由に船舶の愛着や兵器の擬人化というものを上げる人がいますが、それでは先行して兵器の擬人化をおこなっているあくしずや、後発で有利なはずのミリ姫大戦が上手くいかなかった理由が説明できません。特定のゲームが流行るのであって特定のジャンルが流行ることはありません。艦これが流行った理由は別の所にあります。

 いくつか要素はあると思いますが、ここでは行動経済学に習いどこに損を作ったのかを分析してみます。

 まずブラウザゲームの基本であるPLの体力。これは資源と言う形に置き換えられました。それ以外に今までのガチャは即座に入手できましたが艦これでは生産に時間がかかり、生産のための資源も時間で入手が出来る。その資源入手のための遠征にも時間がかかり、出撃させた艦娘の弾薬、燃料も時間で回復、何よりも戦闘で傷ついた艦娘の体力回復にも時間が必要と、徹底して時間の概念が取り入れられています。

 そして、それまでのブラウザゲームと一番異なった点は、艦娘が轟沈と言う形でロストしてしまうというところ。今までも合成と言う形でロストはありましたが、それらはプレイヤーの判断に委ねられていました。よって、損ではなく得するシステムだったのですが、轟沈は戦闘を継続するか否かのプレイヤーの判断ミスによって発生する文字通り損害なのです。

 特に轟沈のシステムを良く知らないプレイヤーは戦闘を軽んじているため、悪気無く連戦させた結果、女の子を殺してしまったという罪悪感は「損」として大きくのしかかりました。まどマギのマミさんの死に近い衝撃を受けたはずです。

 この轟沈という損が艦娘を大事にしようとするモチベーションにつながり、流行の大きな原動力となっていました。また、ゲームデザインのシンプルさ、編成し、進むか退くかなど戦略的な判断だけに絞ったのも解りやすさにつながり、ソシャゲが持つべき手軽さを崩さずに維持できています。コンセプトワークのバランスの良さという土台がある上で、轟沈という大きな損を用意したのが艦これ流行の要因では無いか。と自分は分析します。
ソシャゲーが定着した理由も行動経済学で説明ができます。一つ前の記事で人は損に動かされると書きました。損の回避こそが面白いに直結すると。つまりソシャゲーが流行った理由もどこに損をしていると感じていて、どうやって回避しようとしているかを見れば解明していけます。

 率直にいってソシャゲーそのものはゲームデザインとしては紙芝居アドベンチャーゲーム以下の出来栄えで、例えば同じ仕組みをオフラインでやった場合、絶対にすぐ飽きます。体力の回復はアイテムでなんとでもなりますがオフラインであれば課金は決済方法が無いのでゲーム内通貨となります。

 時間経過での回復も、ゲーム内の時計はプレイしなければ動かないので、体力が無くなったら10時間進めるなどの操作をプレイヤーが自分自身の手で行い、体力回復をゲーム内通貨で処理し、ただただ上を押すだけのクエスト。クリアで出てくる物語もボリュームも内容も薄い。一体何が楽しいのか。このどうしようもなくつまらないデザインのゲームをなぜかソシャゲーではやってしまう。どこにゲームデザインの肝となる損があるんでしょう?

 結論を述べますと、ソシャゲーのプレイヤーが回避しようとしている損は、あふれてしまった体力です。

 こういう行動に覚え有りませんか? 体力が溢れないようにログインしたり、レベルアップで体力が全快する場合、なるべく体力が減った状態でレベルアップしようとして自分のスケジュールを調整したり。

 人生において一切取り返しの利かない、「時間」という資源。これが体力の回復と言う形で意識され、最大値があるがゆえに、取り返しの利かない時間が無くなっていくという損を強く植えつけられています。だから、あふれないように努力してしまう。ソシャゲーというジャンルが定着した理由はこの体力のあふれる損を回避するところに面白さを見出してしまった訳です。

 また、イベントでのランキングのご褒美、特攻カードなども損を回避するように作られています。まずイベントのランキングでしか手に入らないカード。そして、そのカードを次回イベントの特攻でダメージが極端に大きくすると、これを手に入れないことは損だと意識し、カードが手に入る一定のランキングから外れる事に対して損が植え付けられます。そのうえで、そのカードを手に入れるために、ガチャに特攻カードを用意しガチャを引いて走るよう誘導されています。

 損、損、損。損を強く植えつけることにより射幸心をあおり売り上げを稼ぐ洗練された仕組みがソシャゲーにはあります。もちろん、カードそのものに対する魅力やそれ以外にもいろんな要素が絡まりあって、流行るソシャゲー流行らないソシャゲーというものは存在します。が、ソシャゲーというジャンルのゲームデザインの基礎は、時間を損したくない、という部分です。この設計が他のゲームジャンルと比べて画期的で、出先で気軽に遊べるスマホと親和性が高かったため、一気に浸透したと言う事ですね。
  
プロフィール
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男性
自己紹介:
素材屋GY.Materialsを運営。
TRPGや同人ゲームなどを制作。イベントプロデュース等。
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